●● OH!MY GIRL,OH MY GOD! --- act1 ●●
最高級とは云えないが、地下鉄の駅から徒歩圏内のそれなりに悪くは無いマンションのバスルームの壁に湯気と水音、そして調子に乗った鼻歌までもが反響する。
一人きりの浴室であるのを幸い、にやけ面を隠そうともせずシャワーの下で念入りに体を洗うのは平山幸雄。この部屋の主であり、再々周囲から不幸の代名詞として扱われる男である。
けれど、今宵、平山幸雄は幸福だった。
自分は誰よりも何よりも幸福な男だと、平山は湯気の下で若気ながらしみじみと幸せを噛締めていた。
先に入浴した恋人を自室に待たせ、シャワーを浴びる。健全な男として、雄として期待と興奮に浮かれるなと言う方が酷な話だ。
シャワーを止め、整髪料を落とした髪をタオルドライしながら脱衣室へ。
改めて髭をあたり、ローションで肌を整え、フロスまで使って歯を磨く。髪を緩く整え、爪の長さもチェックする。仕上げに恋人が好きだといった香りのトワレを一噴き。
恋人を待たせすぎぬよう、素早く、さり気無く、けれど変質的なまでの執念で丹念に身づくろいをする。
日々の筋トレも含め、愛しい恋人の為に精一杯「いい男」になろうと平山は喜々として涙ぐましい努力をしていた。
「ちょっと、貯金痛かったけど……引っ越してよかった……」
恋人の要望を全面的に聞き入れて選んだ部屋は、バス・トイレ別、シャワー・バスタブ別の高級志向。
少々財布には痛かったが、住み心地は悪くないし、何よりも恋人と呼べる関係になってから百回は土下座して頼み込んだ悲願の同棲生活にも突入できた。
「カイジさん、料理上手だし、可愛いし。でもベッドじゃ…」
何度も味わっても飽きぬ最上の肢体を反芻すれば、気の早い下肢へじわりと熱が集まる。
最愛の恋人とは心も体も相性が抜群。何度同衾しても過ごしても飽きるどころか、その存在に果てしなく飢えていく、愛しくなる――
「明日はカイジさんも、オレもオフ。食材は明後日の分まで買ってあるし」
小休止を挟んで翌朝まででも、いっそ一日でも二人きりで部屋に篭り、存分に熱く甘い蜜戯に耽れると平山は不埒な計画を練る。
無人の脱衣室で頬を赤らめ身を捩って若気る凡夫。
他人が居たら背中に蹴りの一つや二つは入れたくなる姿かもしれない。
平山は準備運動とでも言うのか軽く前後屈すらしながら、棚のバスローブへ手を伸ばした。
肌触りの良いワインレッドのバスローブはペアで購入したもの。
自分の着替えの隣から消えている対の一着は既にカイジの素肌を覆っているはずだ。
本当に、まったく、何と自分は幸福な男かとしみじみと幸せを噛締めながら平山はバスローブを羽織り、
足取り軽く恋人の――カイジの待つリビングへと向かった。