注意!!山内×関口です!!
関口受けONLY「退廃礼讃・参」のパンフレット企画でした。
私の担当カプが山内銃児×関口巽
お題:キス&「僕のことを好きでしょう?」と攻めが質問すること。
【雪一片】
山景色が、秋の金紗の唐錦から、侘しい朽ち葉に衣を変えた晩秋の朝、横須賀の空は薄墨を刷いた如く薄く曇り、大気はシンと張り詰めた冷気に満たされていた。
「…もう、冬かな……」
洋書を専門に扱う古書肆「倫敦堂」の主、山内銃児は通りに面した硝子扉を開き、開店準備の手を休めてふと呟いた。
見るとも無しに見上げた鉛色の空へ、白く色づいた吐息が広がって消える。
黒い洋装の古書肆の視界を、ほわりと白い欠片が掠めて消えた。
「あ……初雪かぁ……」
見上げた空から、ひらりふわりと美しく儚く純白が舞い落ちてくる。
鉛色に重く染まった雲から、どうしてこんなに綺麗な白が生まれるのかと、
そんな疑問すら脳裏を過る程の―無垢の白。
と、山内はふと「彼」を思い出した。否、雪が思い出させたのだ。
箱根で初めて出会った彼。
思い出を辿りながら、山内は掌を空に向け、零れ落ちる白華を受けた。
「そう…こんな感じだったっけ……」
確かに受け止めた筈の掌から、夢幻の如く消え去る、雪の一片。
関口巽はそんな印象を伴なって、山内の前に現れたのだ。
―は、初めまして。関口巽・・・です―
寒気の所為か緊張の為か。
白い頬を真っ赤に染め、小柄な身体を一層縮めて怯えた様に山内を見た。
不明瞭な声で名乗った。
気が付けば、山内は彼に握手を求めていた。
馴れない洋式の挨拶に途惑っていた関口。
が、きっと彼は知らないだろう。
対人恐怖症だと云う彼以上に、山内が怯えていた事を。
触れたくて堪らない。
それは衝動に近かった。
そして―恐怖。触れるのが、怖かった。
触れた途端、関口が消えてしまいそうで、それでも手を伸ばさずには居られなかった。
吹き荒れた情動は、関口がぎこちなく握り返した掌で、嘘の様に鎮められた。
触れた掌は小さく柔かく暖かく…そして何よりも「リアル」だった。
彼、関口巽は間違い無く其処に、山内の目の前に存在した。
実在の確認・捕捉。しかし、真実捕えられたのはどちらが先だったのか?
箱根の一件以来、主に山内から積極的に深めた親交が「友人」を超える関係となった今も山内には分からなかった。
「ま、口説いたのは僕だけどね………」
誰に聞かせるともなく、山内は小さく笑った。
恋の始まりが何時だったかなど覚えては居ない。
只、堪らなく逢いたくなる。愛しい人。
「…会いたいな…・・・」
会いたい。関口に会いたい。
鉛色の空と白い欠片を見上げて山内は関口を思う。
会いたいならば・・・・・・会えば善い。
我慢が出来ようはずもない。
何時も困ったように控えめに笑う彼は、山内に甘い痛みと禁断症状をもたらすのだ。
「お茶とお菓子と…レコードも出さなきゃね」
彼の好みを記憶で確認しながら古書肆は開店作業を閉店作業に切り替えた。
開きかけた扉の内のカーテンを再度閉め、店の奥にある電話機へと向かう。
古書肆『倫敦堂』の臨時休業が決定した。
◆◇◆◇◆◇◆
涼やかなベルの音が『倫敦堂』本日最初で最後の来客を告げ、扉が小雪を伴なった外気と小柄な人影を店内へと招き入れた。
「いらっしゃい関口さん…どうしたの?」
「…や、山内さん…そ、そのっ上着が……」
待ち侘びた恋人を歓迎すべく歩み寄った山内の前で、関口は布の固まりと格闘していた。
肩に掛けた鞄より先に外套を脱ごうとした所為で腕が抜けなくなり、更にマフラーまでが絡まって抜き差しならぬ状況が生じた様だ。
「あ、動かないで関口さん。すぐ取れるから」
モコモコもがく関口は小動物じみて可愛かったが、赤面し涙まで浮べた姿が哀れになった山内は鑑賞より救出を優先する事にした。
「ほら脱げた。関口さんって意外とせっかちなんだねえ。あんまり慌てると危ないよ?」
目が離せないな。と囁く声と共に、漸く布地の下から顕れた頬に軽くキスを落す。
「あ…その…雪が…付いてて…本を…」
確かに関口の外套は雪の名残を纏って冷たく湿っていた。
本は湿気を嫌うものである。
関口は山内の店内に雪を持ち込むまいと努力していたのだ。
取り敢えず努力だけは…
「でも…関口さんにも雪が積もってるよ?」
関口の健気な努力を反対の頬へのキスで称えながら、彼の頭に積もった雪を払ってやる。
「あっ!そ、外で払って来ま…」
「払うより先に雪が積もっちゃう。此処なら店は大丈夫だから、じっとしてて?」
慌てて身を翻しかけた関口を腕の中に閉じ込め、髪を梳く指で丁寧に雪を払い落としながら耳元にそっと囁きを吹き込む。
逢いたかった、もっと…側に居て。と。
「山内……さん………」
熱く密やかな囁きは甘い呪縛となって関口の一切の抵抗を封じ込める。
最後の逡巡に彷徨う瞳が肯首と共に伏せられた時、髪を梳く指が関口の項に廻された。
逢いたかった…貴方に。
互いの震える吐息と唇が、静かに重ねられた。
◆◇◆◇◆◇◆
母屋に通され、ソファに掛けた関口の前に見慣れぬ飲み物が置かれた。
真っ白のクリームが水面一杯に浮んでいる。
まるで…まるでカップに甘い雪が降り積もった様に。
「山内さん……これは?」
関口が、隣りに座った男に問い掛ける。
「ウインナーティって云うの。関口さん、甘いもの好きでしょ?」
どうぞ。と薦められて関口は紅茶をそっと口元に運ぶ。
厚いクリームの層が唇に触れ、甘い余韻を残して舌の上で消えていく。
「美味し……」
柔らかな甘みは関口の味覚を心地良く刺激した。
自然に零れた声に山内の口元も綻ぶ。
「それは良かった。あ、でも……」
「―っ熱ッ!」
クリームの層の下の紅茶は熱いから。
と山内が注意するより先に悲鳴が上がった。
「だ、大丈夫?御免ね。先に云えば良かった」
硬直した関口の手からカップを机に戻し、気遣う仕種で肩が抱き寄せられた。
反射的に自身の口元を覆った関口の掌が優しく外され、
眉を潜めた西洋人に似た面差しが吐息の触れる距離まで接近してくる。
「痛くない?関口さん……御免ね…手当て、させてね…」
労わる仕種でそっと唇が重なり、ひりつく唇を柔らかな舌が辿り上げる。
深く優しいキスに不思議と痛みが和らいだ気がした。
「もう大丈夫?」
問い掛けられて関口は俯いたまま頷く。
接吻は嫌いじゃないけれど・・・まだ、とても恥ずかしい。
もっと手当てするかと聞かれ、耳の先まで赤く熱くした関口はふるふると頭を振った。
「本当に御免ね。今度は温度調節のしやすいお茶にするよ」
「あ…でも…このお茶…好き…です」
自分の味覚に合わせて、アレンジティーを用意してくれた山内の気持ちは嬉しかった。
けれど、それを直裁に告げる言葉を関口は見つけられない。
「う〜んそれは…嬉しい様な哀しい様な…」
苦笑した山内は、怪訝な顔をした恋人を深く抱き込むと、耳元で小さく囁いた。
「紅茶より先に『好き』って云って欲しいものがあるんだけどなぁ……」
「え?ちょっ……山内さん?」
抱き込めた関口の頬や鼻先、唇へと接吻の雨を降らせながら山内が笑う。
接吻の合間に密やかな声が、甘すぎる問いを投げかける。
「ねえ、関口さん。紅茶より…僕の事は……?」
「…んっ……山内さっ………」
「関口さんは僕の事が好き。……でしょ?」
関口の頬が真っ赤に染まる。
逡巡に揺れる視線は、伏せられ、そして再度山内を捕らえる。
「や、山内…さん……ぼ、くは………」
甘い問いへの、甘すぎる答えは甘い問いへの、甘すぎる答えは、重なる唇の中に消えていった。
END
『退廃礼讃』は関口受けオンリーという素晴らしいオンリーでした。第一回に参加するために夜行バス・東京・一人旅を全部一気に初体験。
弐・参回は私も協賛として色々と一緒に遊んでもらいました。
今も親交が続いている京極友達の多くはこのイベントで知り合った方々です。
大切な思い出のイベントです。